JOURNAL

父とお別れしてから27回目の命日

2026.2.16

父の命日に思うことを綴る

父が他界して、今年で27回目の命日。

1人で育ててくれた母には、感謝の気持ちが尽きない。きっと今世では伝えきれないと思う。いつだって僕の最愛で、最も特別な人。

実家に飾られている写真を見て、いつも父のことを想うし、妻としても母のことを想うし、子どもの頃の自分のことも思い出す。
父は頑固一徹、亭主関白、どこに行っても王様的な人だった。
早熟型だった僕は体がとにかく大きくて、身長も体重もずっとクラスで一番。
明らかに体系で目立っていたし、特別扱いされることも多かった。
早熟型の体の影響なのか、父の影響なのか、「自分が一番」という感覚が頭の中にいつもあった。

実際に何かで一番だったことはほとんどないのに、順位が下でも心の中では「一番」のつもりでいた。
他の人のすごさを素直に認められない時期も長かった。

青年期になると、その感覚は自然と消えていった。
現実を思い知らされる場面もあったし、無理に頑張らないことで周囲と肯定し合うことも覚えた。
それはそれで楽だったけれど、アクセルを踏み切らずに過ごす自分とも出会ってしまった。

最近は、「一番にこだわっていた頃の自分」をかみしめることが増えた。
結果としての一番ではなく、「意地でもやり切る」「一番になるまでムキになる」というあの感覚。
部活のようなあの感覚を、もう一度思い出そうとしている。
地味でも続ける。仲間と刺激し合う。結局シンプルだけれど、またそこに戻ってきた。

そんなタイミングで、伊藤計劃の『ハーモニー』を読み返した。
作中では「Watch Me」というチップを体内に埋め込まれ、「病気にもなれない」「自ら死を選ぶこともできない」世界に主人公は絶望する。
その話に触れるたび、いま自分が生きていることの豊かさを強く感じる。

死との向き合い方も変わってきた。
少し前までは、人の死が想起されると、その映画を見るのをやめて映画館を出てしまうくらい過敏で、「死ぬ」ということが怖かった。
今では、亡くなった恩人や恩師、大切な人たちにいつかまた会えると信じられるようになったし、それを楽しみにもしている。

でも今は、この時間をしっかり使いながら、人の役に立てることを少しずつ積み重ねていきたい。

今父に会えたら、何を話そう。

これからも、父の名に恥じない生き方を。